2020年3月 のアーカイブ

マルコによる福音書 14:22~31
「これは、多くの人のために流される私の血、契約の血である。」(14:24) 

 過越しの食卓で聞いた主イエスの言葉に、弟子達は無言でした。何も言えませんでした。主が苦難の僕(イザ53章)としてこの言葉をおっしゃったことを知るのは、ずっと後になってからです。
 無言の弟子達に、「あなた方は皆私に躓く」とおっしゃいます。弟子達は乱れました。「私は躓きません」。主がおっしゃったのは、責めの言葉ではありません。これからご自分を見捨て、離れ、罪に苦しむことになる弟子達に、「復活した後、ガリラヤで待っている」と、立ち返るべき場所を示されたのです。
 「自分に罪などない、神など必要ない」と嘯いていた自分の罪をあの方が全て背負って十字架へと歩んでくださったことを知った時、私達は驚きます。自分の罪の深さと、既に許されていた、ということに驚きます。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる」(ヨハネ福音書11:25)、「神の恵みによって今日の私があるのです」(1コリ15:10)。イエス・キリストに従う信仰生活を送る、ということは、主の恵みに驚かされ続ける、ということではないでしょうか。

マルコによる福音書 14:12~21
「私と一緒に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている。」(14:18) 

 過越しの食事を始める前に、主は弟子達の中から裏切り者が出ることをおっしゃいました。弟子達は驚きます。しかし、主はそれが誰なのか、ということはおっしゃいませんでした。ユダの名前を出すと、他の弟子達がユダを取り押さえてしまうでしょう。そうなると、十字架への受難の道も閉ざされます。主は、その道を行かなければなりませんでした。
 ユダは、「お前はここに座る資格はない」とは言われていません。主の晩餐へと招かれています。主イエスを売り渡す約束をした直後のユダこそ、この食卓に最も相応しくない人だったのではないでしょうか。しかし、主がご覧になれば、最も神の赦しを必要とする憐れな罪人だったのです。
 私達は、主を裏切ったユダ、主を見捨てた弟子達を、遠くから眺めることはできません。聖書は「あなたは、ユダではないのか」と問いかけてきます。聖餐の食卓に、傍観者として座ることはできません。
 私達は霊の飢え渇きを覚える、神の憐れみ無しには生きられない罪人だからこそ、教会へと招かれました。主の御受難を思い、罪許された静けさの中を歩んでいきましょう。

マルコによる福音書 14:1~9
「世界中のどこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(14:9) 

 祭司長たち槍学者たちが主イエスを殺そうと考えていた時、そしてユダが主を裏切ろうとする直前に、ある女性がナルドの香油を主の頭に注ぎかけました。この女性の行為が、主が過越しの子羊として屠られる葬りとなりました。
 「何事にも時があり、天の下の出来事には全て定められた時がある」(コヘ3:1)。この女性は、時をつかみ取りました。「失う時、放つ時」です。「求める時、保つ時」を過ごしていた周りの人達からは「無駄遣いだ」と言われます。しかし、主は、この女性が献身の時をつかみ取ったことで、福音の一部となったことをおっしゃいました。
 私達にもキリストと共に思い出す人がいるのではないでしょうか。そして思い出すのは、その人がキリストのために「捨てる」、献身の姿ではないでしょうか。キリストに出会い、捨てるものを知れたことは、信仰の喜びです。私達はそのようにして重荷を下ろすことが許されるのです。

マルコ福音書13:24~31
「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。」(13:24~25) 

 紀元前8世紀、イザヤは神が一つ一つの国の名前を挙げて裁いて行かれる幻を見せられました(イザ13章~34章)。これは世界の破滅ではなく、神がこのように罪を世界から滅ぼし、全ての人を御許へと招かれ日が来る、という救いの幻でした。
 「祈りの家」ではなく、「強盗の巣」となっていた神殿をご覧になって、主イエスは弟子達に神殿崩壊の預言をし、イザヤの言葉をお聞かせになりました。主の神殿崩壊の預言はこの40年後、紀元70年にローマ軍によって現実のものとなりました。84年にもわたる大改修工事が終わって、わずか6年後のことです。
 人の手で作った神殿を失った教会は、そこから無数のキリスト者たちの証しを集め、イエス・キリストの記憶を福音書という形へと結晶化させました。「天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない」という主の言葉は真理でした。
キリスト者は、自分達自身が霊的な神殿とされています。私達自身が、キリストという岩の上に立てられた祈りの家、聖い神殿とされ、世に生かされて、今も用いられているのです。

カテゴリーとタグ
2020年3月
« 2月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  
ログイン
アクセス情報