2019年11月 のアーカイブ

ペトロの手紙1 1:1~9
「イエス・キリストの使徒ペトロから・・・各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ。」(1:1) 
 
 ペトロは64年に皇帝ネロによるキリスト者迫害の中で殉教したと言われています。この手紙は、ペトロが同じキリストの使徒であったシルワノという人に託した言葉が手紙にしたためられ、小アジア地方の諸教会に送られたもののようです(5:12)。
 当時のキリスト教会は、教会の偉大な指導者であったペトロを失い、信仰の故郷であるエルサレムではローマとユダヤの戦いが起こっていました。70年にはエルサレム神殿が破壊され、失います。
 そこにペトロの遺言としての信仰の励ましの言葉が届けられます。荒野の40年も、バビロンでの70年も、イスラエルにとっては仮住まいの時でした。神に見捨てられた時ではなく、神が共に苦しみ、イスラエルが生まれ変わった時でした。
 ペトロは主イエスを見捨てる直前に「あなた方には世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている」という主の言葉を聞きました。ペトロ自身も、命をかけて信仰の励ましを教会に残したのです。

マタイによる福音書 28:16~20
「『私は天と地の一切の権能を授かっている。』」(28:19) 

 神は、無意味に人と出会うということはなさいません。神と出会った人には、その人が考えたこともなかったような新しい道が必ず示されます。ガリラヤに戻った弟子達がそうでした。
 弟子達と再会された復活の主の第一声は「私は天と地の一切の権能を授かっている」でした。墓から蘇られた方がそうおっしゃるのを聞いて、弟子達は「アーメン」と思ったでしょう。だから、彼らは再び世に出て行くことが出来たのです。
 主は「全ての人に、父と子と聖霊の名によって洗礼を授けなさい」とおっしゃいました。洗礼を通して信仰者に聖霊が与えられる様子が使徒言行録に記録されています。「聖霊」は元々「息・風」という意味の言葉です(ヘブライ語で『ルーアハ』)。ルーアハは、「それによって決定づけられるもの」という意味も持っています。
 神が人の鼻に息を吹き入れて人を生きる者とされたように、私達は洗礼を通して神の息をいただき、キリストと共に生きることが決定づけられました。天と地の一切の権能をお持ちの方が、世の終わりまで共にいてくださいます。主の前にひれ伏す礼拝の民に、今も主の大宣教命令の声は与えられています。

ヨハネの手紙116~21
「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。」(4:16) 

 この手紙が書かれたのは、85年~90年頃だと言われています。皇帝ネロによる迫害(64年)、エルサレム神殿の喪失(70年)の後、「主にして神」と自称したドミティアヌス帝の支配下にあった教会への手紙です。教会は、「反キリスト(アンチキリスト)」によって苦しんでいました。
 丸亀教会の前身となる一麦園伝道所は、戦時中に解散に追い込まれた組合教会の人達と、戦後日本基督教団に留まろうとした改革派教会の人達によって立ち上げられました。特別高等警察によって追い込まれたり、仲間と別の道を行かなければならなかったり、「アンチキリスト」の中でキリストを求め続けた祈りの末の立ち上げでした。
 丸亀教会の記念誌に、教会生活はキリストとの結婚である。ひとたび結婚すれば、真心からこれを愛していくべきである」という教会員の声が記されています。利益や感情ではなく、我々は愛の契約によってキリストと一つとなって生きています。
 「神は愛なり」という真理を捨てずに生きた証し人たちの足跡が、私達の元まで続いています。

カテゴリーとタグ
2019年11月
« 10月   12月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報