2019年7月28日 のアーカイブ

マタイによる福音書 27:15~26
「『どちらを釈放して欲しいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか』」。(27:17) 

 この朝ピラトの官邸に集まって来たのは、神殿の境内で主イエスの教えや御業に触れた巡礼者たちではなく、エルサレムの地元の人たちでした。ピラトは「メシアといわれているイエス」という呼び方で、無実である主イエスの方を選ばせようと何気なく誘っています。
ピラトの妻からの伝言が届き、ピラトがそれを聞いている間に祭司長たちや長老たちは、「ナザレのイエスを死刑に」と民を説得しました。民衆は一瞬にして「イエスを十字架に」と叫ぶ暴徒と変わりました。
 何が無実の主イエスを十字架へと上げたのか、誰にも説明はできません。「罪が人々に働き、そうさせた」としか言いようのないことです。
 皮肉にも民衆は「二人のイエスのどちらかを選べ」と問われます。私達も「主イエスか、ほかの何か」という選択の岐路に立たされます。「メシアだと言われているイエス」という曖昧な捉え方が、民衆の道を誤らせました。この方の血によって救われた者は、この方を「キリストといわれているイエス」ではなく、「イエス・キリスト」と呼ぶのです。

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