2019年3月31日 のアーカイブ

イザヤ書53:1~12

「私達は羊の群れ。道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。その私達の罪を全て、主は彼に負わせられた。」(53:6) 

 羊飼いを求める羊の群れ、神を求める罪人の群れ、それがイザヤの時代のイスラエルでした。「苦難の僕」の歌には、その僕が羊の群れのために受けた理不尽な苦しみが歌われています。それは人々が驚きのあまり言葉を失ってしまうような救いの業でした(53:1)。
 福音書は、人々の病を癒された主イエスの御業を、こう言っています。「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼は私達の患いを負い、私達の病を担った』」(マタ8:17)。ナザレのイエスは、人々の病・痛み・苦しみを全てご自分の身に引き受けられた、あのイザヤ預言の「苦難の僕」であることを証ししています。やがてこの方の死が、多くの人々を変えていくことになります。
 救われた罪人として、私達は苦難の僕を証ししていきます。神はエリヤに「起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐えがたいからだ」とおっしゃって食べ物と飲み物をお与えになりました(列王上19:7)。耐えがたく長い私達の証しの旅路に、神は全てを備えてくださいます。

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