2019年3月3日 のアーカイブ

マタイによる福音書 25:31~46

「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたことは、私にしてくれたことなのである。」(25:40) 

 オリーブ山の教えの締めくくりの言葉です。人の子が栄光の座に着き、世を裁かれる際の情景が描き出されています。
世の終わりに集められた「全ての国の民」は、祝福と呪いの岐路で、キリストから「私の兄弟である最も小さい者の一人」に対してどうであったか、と問われるのです。
祝福へと分けられた人達は「天地創造の時から用意されている国」の支配を任されることになることが言われています。アダム(人)とエバ(命)のために創造された楽園に、全ての被造物を取り戻そうと、神は今も働かれていらっしゃいます。
「私達は皆、鏡のように主の栄光を映し出しながら・・・主と同じ姿に造り変えられていきます。これは主の霊の働きによることです。」(Ⅱコリ3:18)
キリストは教会の一人ひとりのことを「私だ」とおっしゃっています。教会は聖霊によってイエス・キリストの似姿として世に生き、王の右側(救いの祝福)に通じる道を示していくのです。

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