2018年12月2日 のアーカイブ

イザヤ書 40:1~5
「慰めよ、私の民を慰めよと、あなたたちの神は言われる。」(40:1) 

自分たちの国・故郷・神殿を失い、バビロンで捕囚の中にあったイスラエルの民は思い信仰の問いを抱いて生きていました。「私達の神は、本当に今でも私達の神なのか」。
間もなくバビロンからの解放の時を迎える捕囚の民にイザヤは、天から漏れ聞こえて来た神の声を告げます。神は捕囚民を「私の民」と呼ばれ、ご自分のことを「あなたたちの神」であると断言されます。神とイスラエルの契約関係は生きていることが示されたのです。
天の軍勢は神から命じられます。「荒野に道を備えよ」。それは神がイスラエルを迎えに行かれるための道です。イスラエルは地上の混沌の中に、道を見出します。こちら側から自分たちの手で切り開いていく道ではありません。向こうから神が迎えに来てくださる道です。
興っては滅んで行く巨大な帝国を見ながら、また、自国の滅び・神殿の崩壊・バビロン捕囚を体験しながら、イスラエルは人が神を造れないこと、人は神になれないことを知っていきました。
2000年前、一人のみどりごが生まれました。全ての人を罪から救い出し、天の故郷へと導かれる方がこの世に迎えに来てくださいました。私達にも救いの道が与えられています。

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