2018年6月 のアーカイブ

マタイによる福音書 20:1~16

「主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。』」(20:13) 

 天の国のたとえ話です。ブドウ園の主人は、後から雇った人たちから始めて、先に来た人達に賃金を支払いました。しかも、一律1デナリオン(1日分の賃金)です。最初に雇われた人たちは不満をもらします。なぜ後から来た人達も同じ扱いなのか、と言うのです。それに対して「友よ、あなたに不当なことはしていない」と主人は答えます。
 この話は神の支配がどのように及ぶのかを描いています。最後に、「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」という主イエスの解説の言葉で締めくくられています。
 私達にとって一番理解に苦しむのは神の愛の大きさではないでしょうか。値無き者にも、「あなたは私の目に値高い」と言ってくださるのです(イザ43:4)。神は人となり、世に来られ罪人を取り戻そうとされました。「誰も雇ってくれないのです」と嘆きながら夜を迎えようとする人達を雇い養ったブドウ園の主人のように、罪の中なすすべもなく立っていた私達に「私はあなたを迎えたいのだ」とおっしゃいます。
 私達は、とらえきることができないほどの恵みを受けています。

マタイによる福音書 19:16~22

「イエスは彼らを見つめて、『それは人間にできることではないが、神は何でもできる』と言われた。」(19:26) 

 財産は神の祝福だと考えられていました。それに加えて「聖書の掟を全て守ってきました」と言いきった金持ちの若者は、弟子達にとって理想でした。しかし、主イエスは去って行く若者の背中をご覧になって「金持ちが天の国に入るのは難しい」とおっしゃいす。
 弟子達は「それでは、誰が救われるのか」と戸惑います。主は天の国に入ることを、針の穴を通ることになぞらえていらっしゃいます。絶対に無理なことです。
 アブラハムもサラも「あなたに子供が与えられる」と告げられた時、100歳と90歳の夫婦に子供は出来るはずはない、と笑いました。翌年、イサクが誕生します。そこからイスラエルが生まれ、キリスト教会へと成長しました。我々人間には「無理」としか思えない救いを成し遂げられるのは、神なのです。
 「私の名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ」と主はおっしゃいました。救いを成し遂げてくださる神に全てを委ね、従うその先で、全てが神によって整えられ、与えられていくのです。 

マタイによる福音書 19:1~12
「創造主は初めから人を男と女とにお造りになった」(19:4) 

 ヘロデの結婚に苦言を呈した洗礼者ヨハネは、ペレア地方で首をはねられました。その地方をお通りになった主イエスに、ファリサイ派の人たちが「離縁」という問題を持ち出して試そうとします。
 ユダヤでは長い間聖書の掟の解釈についての議論が続けられてきました。その議論を通して様々な解釈が生まれ、派閥が出来て行きました。当時は、「夫は自分の都合で妻を離縁していい」、というヒレル派の理解が、広く受け入れられていたのです。
 ガリラヤから来たイエスはどの派の理解を持っているのか、という興味をもっていたファリサイ派の人たちに、主イエスまずおっしゃったのは「天地創造においてどうだったか」ということでした。「申命記のあの掟に関してどの派の解釈が正しいのか」、という狭い議論ではなく、「天の国を見失っているのではないか」というキリストの問いです。
 天地創造まで遡って考え、そこから今の自分を顧みると、結婚の有無も含め、この体も命も、歩いている道も、全てがそれぞれに応じて与えられた賜物であることを知らされます。「人はそれぞれ神から賜物をいただいているのですから、人によって生き方が違います」(1コリ7:7)。

カテゴリーとタグ
2018年6月
« 5月   7月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報