マタイによる福音書 4:23~5:12

「そこで、イエスは口を開き、教えられた」(5:2)

 主は12弟子を宣教の旅に送り出す際に、こうおっしゃいました。「イスラエルの失われた羊のところに行きなさい。」主イエスの言葉は、「自分がイスラエルの失われた羊である」、という罪の悲惨さを知る者にこそ与えられた福音です。
 その福音(山上の説教)を、主イエスは身をもってお示しくださいました。主は心貧しい低い者となり、悲しみながらゲツセマネで祈り、柔和な者としてエルサレムに入り、平和を実現するために十字架へと進まれました。義に餓え渇いて人々に立ち返りを求め、罪人を憐みで包まれました。その義の業のために迫害されました。
 主イエスは山上の説教を通して、「私に従うということは、私が歩んだ十字架への道を行くことである。それでも私の道を行くか」と私達に問いかけていらっしゃいます。
 主イエスは十字架へと歩まれ、その先に復活があることを示してくださいました。私達が重い足を前に進めることが出来るのは、十字架の先にある復活という喜びを見据えるからです。
何度も主イエスの歩みへと立ち返り、日々の試練の中で見せられる神の御業に心を向け、「見出された喜び」を噛みしめましょう。  

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