マタイによる福音書 3:13~17

「『今は、止めないでほしい。正しいことを全て行うのは、我々にとってふさわしいことです。』」(3:15)

 洗礼者ヨハネは、このように言われて主に洗礼を授けました。彼は納得したわけではなかったでしょう。「主がそうおっしゃるから」という信頼をもって、授洗しました。ヨハネは、主の言葉に従ったその先で、天から響く神の声を聞きました。「共にふさわしいことをしよう」とおっしゃる主に従うその先で、神の御心は示されるのです。
 「正しいことを『全て』行うのはふさわしいこと」と主はおっしゃいました。主イエスはどのような道を歩まれたのでしょうか。
 「彼は我々の煩いを負い、我々の病を担った」(8:17)、「人の子は、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来た」(20:28)、「これは、罪がゆるされるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である」(26:28)。これら「全て」が、神がキリストにお求めになったこと(=正しいこと・義)でした。
 我々は、血まみれになって横たわるキリストの体を踏み越えて、神の元へと立ち返ることができました。神は私達を、痛みをもって下から支えてくださるのです。              

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