マタイによる福音書 3:1~12

「斧は既に木の根元に置かれている。よい実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」(3:10)

 洗礼者ヨハネは「天の国は近づいた(原文:既に来た)」と告げ、同じ完了形の言葉で「斧は既に木の根元に置かれている」と言いました。福音は、この悔い改めの機会を逃すと、次はない、という知らせでもあります。これは主イエスご自身もおっしゃっています(マタ7:19、21:43)。
 恐ろしい響きをもった言葉ですが、それだけキリストが我々を求めていらっしゃる、ということです。悔い改めにふさわしい実を結ぶことを期待されているのです。イエス・キリストが我々の希望であるように、私達は、キリストの希望でもあるのです。
 悔い改めとは、単なる言葉だけのものでも、形だけの儀式でもありません。神を神とし、キリストの衣の裾を放さない命を生きることです。
 ヨハネの洗礼を受けた人たちは、荒野に留まることをせず、自分たちの生活へと戻っていきました。彼らは、この世の中で、この世に対して、結ばなければならない実がある、ということを伝えたのです。      

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