マタイによる福音書 3:1~12

「そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒野で宣べ伝え、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言った」(3:1)

預言者エゼキエルは「イスラエルの家よ、恥じるがよい。自分の歩みを恥ずかしく思え」と言いました(エゼ36:32)。ヨハネの「悔い改めよ」という使信は、この預言と同じものを根底で共有しています。
ヨハネは荒野で叫びました。聖書において「荒野」は試練の場であると同時に、神の救いを目撃する場でもあります(イザ43:16~21)。今、ユダヤの荒野でイスラエルを「恥」から救い出す神の御業の始まりを私達はここに見ることが出来ます。
「主イエスは必ず、裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの穢れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださる」(イザ4:4)。ヨハネは「聖霊と火」によるキリストの洗礼を示しました。
主イエスは「精錬する者の火」(マラキ3:1~3)として世に来られました。我々は試練の中で、火によって精錬されながら神への信頼を深めていきます。我々は荒野に花が咲き、水が流され、道が敷かれていく恵みを目撃し、証しする信仰の群れなのです。

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