マタイによる福音書 2:13~23

「『彼はナザレの人と呼ばれる』と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。」(2:23)

 旧約聖書には「彼はナザレの人と呼ばれる」という預言はありません。代々の預言者たちが伝えようとしたメシアは、要約すれば「ナザレの人」と呼ばれるような方であるということでしょう。
 ヨハネ福音書を見ると、12弟子の一人となるナタナエルが「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったり、ユダヤの指導者たちが「ガリラヤからは預言者は出ない」と言ったりしています。主イエスは、人々から軽蔑され、メシアとして受け入れられなかったメシア、という意味で「ナザレの人」だったのです(イザ53章、ゼカ9章以下)。
 誰にも知られていなかった小さな村ナザレ出身の若者が十字架で死にゆく姿に、どれだけの人が神の栄光・神の勝利を見ることができたでしょうか。
 主イエスは、今でも多くの人から「ナザレの人」として見られています。主は「全ての民を私の弟子としなさい」とおっしゃいました。私達は、この方を真にメシアとして礼拝することによって、この方の真の姿を世に示していくのです。         

コメントは受け付けていません。

カテゴリーとタグ
2018年6月
« 5月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報