創世記 22:1~19

「これらのことの後で、神はアブラハムを試された。」(22:1)

 「これらのことの後で」というのは、アブラハムがハガルとイシュマエル親子を荒野に追放した後で、ということです。彼にとってそれは大変な苦しみでした。イシュマエルを失って悲嘆にくれる彼に、神は「イサクをモリヤで焼け」と試されたのです。
 アブラハムは「ヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)」という祝福へと導かれました。「イルエ」には「見る」という意味もあります。信仰者に与えられる祝福は、全てが主の御手の内にあって、主は全てをご覧になっている、という事実なのです。
 神はアブラハムの何をご覧になっていたのでしょうか。12節にあるように、「神への畏れ」でした。ヘブライ人への手紙には、「アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいました」と書かれています(11:19)。命の支配者である主への畏れ、そして主による復活の希望をアブラハムはもっていたのです。
 アブラハムが「行け」と命じられたのは「モリヤの地」でした。これは、後のエルサレム神殿の場所です(歴代誌下3:1)。今、私達の神殿はキリストの体です(ヨハネ2:21)。アブラハムのイサク奉献に、私達は自分たちの礼拝の姿を見ることが出来るのです。  

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