イザヤ書 6:1~13

「主は言われた。『行け、この民に言うがよい。よく聞け、しかし理解するな。よく見よ、しかし悟るな、と』」(6:9)

 アダムとエバは、楽園の中を歩いて自分たちを探し求めていらっしゃる神の足音から逃げました。罪に堕ちた人間の姿です。イザヤはこの逆でした。罪赦された者が聞く「誰を遣わすべきか」という言葉に応じ、自分を神に明け渡しました。ここから、イザヤの真の預言者としての歩みが始まります。
神はイザヤに「悔い改めて癒されることの無いようにイスラエルを突き放してきなさい」とお命じになります。「あなたたちもその土地を汚すならば、先住民を吐き出したと同じように、土地があなたたちを吐き出すであろう」(レビ18:28)と律法にある通り、神は神の正義を貫かれます。
同時に、神はイザヤと同時期に預言活動をしたホセアの口を通して「イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか…私は激しく心を動かされ憐みに胸を焼かれる」(ホセア11:8)と、イスラエルへの愛を告白されています。神は今でも、私達の悔い改めに希望を持ち、忍耐してくださっているのです(Ⅱペト3:9)。

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