テサロニケの信徒への手紙2 3:6~15

「・・・聞き従わない者がいれば、関わりを持たないようにしなさい。そうすれば、彼は恥じ入るでしょう。」(3:14)
 
パウロは、敵意をもっているわけではありません。惜しんでいるのです。神が、弟を殺したカインに守りのしるしを付けられたように、兄を騙したヤコブに「あなたがどこへ行っても、決して見捨てない」とおっしゃったように。
彼らが「恥じ入る」ことをパウロは求めています。神など必要ないという自負をもって生きて来た者が、実はキリストの十字架による赦しによってかろうじて生かされていることを知った時、恥じ入ります。神の前に顔を上げえない私達を、神はお求めになります。これが、聖書が言う「平和」です。
「私は、平和をあなた方に残し、私の平和を与える。私は、これを世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。・・・さあ、立て、ここから出かけよう」(ヨハネ福音書14章)。

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