テサロニケの信徒への手紙1 5:23~28

「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。」(5:23)

 ここで言われている「平和」は、全ての人が神の御許に集められ、キリストと共に天の食卓を囲む、という、世の終わりに完成する平和のことです。
 マルコ福音書に、盲人バルティマイの話が記されています。エルサレムに向かうためにエリコの街を出て行こうとされる主イエスに向かって、必死に「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と叫びつつけました。人々に叱られても。主イエスはその声の主をお求めになりました。「彼を呼んで来なさい」。神は御自分に憐みを求める罪人を求めていらっしゃいます。
 パウロは最後に、「私達の主イエス・キリストの恵みが、あなたがたと共にあるように」と締めくくっています。主イエスを「私達の」主と呼べることは何と幸いなことでしょうか。あの方は、確かに私達を見出し、世の終わりにおいて非のうちどころの無い者としてくださいます。

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