テサロニケの信徒への手紙1 4:1~8
「あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを、私達から学びました。」(4:1)

 これは、「神に喜ばれるということがあなたがたにとってどれほど必要なことであるか・・・」という言葉です。人はいつも自分の喜びを最優先させます。しかし、自分の喜び以上に神の喜びを求め、神の喜びを自分の喜びとするのがキリスト者らしい生き方なのです。
 神は何を喜ばれるのでしょうか。パウロはこの箇所で「聖なる者」「聖なる生活」「聖霊」といったように、「聖い」という言葉を繰り返しています。「聖である」、とは「区別されている」、ということです。私達に必要なのは、罪から区別された生き方・あり方なのです。
 「あなた方の体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿です」(Ⅰコリ6:19)とパウロは言います。私達は神の霊を入れるための聖い器、神の作品なのです。貴いキリストの体の一部として、自分に対して尊厳を持って生きることは、キリスト者としての責任なのです。

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