6月1日の聖書・説教要旨
テサロニケの信徒への手紙1 1:1~10
「あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生ける真の神に仕えるようになったか・・・この御子こそ・・・来たるべき怒りから私たちを救ってくださるイエスです。」(1:9~10)
 
 パウロたちが福音をもたらすまで、テサロニケの信仰者たちにとって、偶像は単なる木や石ではなく、彼らの存在を支えるものであり、全生活でした。福音に触れ、生ける神を知って立ち帰ったということは、彼らにとって存在・生活の全てが変わる大きなことでした。
 神は一貫して「偶像を捨てよ、私が唯一の神である」と呼びかけられます。聖書の中では「空しい偶像」という言葉がよくつかわれます。手軽で安易な救いを求める人間は、偶像礼拝の恐ろしさがよくわかっていません。人を空しさへと導く偶像の恐ろしさを一番よく御存知なのは神なのです。
 神の怒りが差し迫るソドムの町で、ロトは「命がけで逃れよ」と言われました(創世記19:17)。罪の恐ろしさを知り、世にそれを伝えること、そして執り成すことが、教会の使命として与えられています。

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