テサロニケの信徒への手紙1 1:1~10

「神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。」(1:4)

 「神から選ばれる」とは他者より優れたものとされる、ということではありません。そのようことに信仰の喜びはありません。それは、「神の家族の一員とされる」ということです。
 信仰は、この世において「そもそも自分が何者であるか」を教えてくれます。私達をお造りになった方が、御子の言葉と業を通して教えてくださるのです。イエス・キリストは、常に「あなたは私の家族である」と語りかけてくださいます。私達は神を「アッバ、父よ」と呼ぶことが許されていることを信仰をとおして知っていくのです(ロマ8:14~15)。
 パウロは「ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信」によって福音を伝えた、と言います。パウロの言う「力」とは、パウロ自身の力のことではありません。「神は、パウロの手を通して目覚ましい力を行われた」(言行録19:11)とある通りです。
 神に愛され、神の家族とされ、神の力によって生かされる、そこに私達の信仰の喜びは根差しているのです。

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