イザヤ書5:1~7

「わたしがぶどう畑のためになすべきことで何か、しなかったことがまだあるというのか。」(5:4)

 神よりも人間の王を求めてしまった人々に、サムエルは告別の言葉として「主はその偉大な御名のゆえに、ご自分の民を決しておろそかにはなさらない。主はあなたたちを御自分の民と決めておられるからである」と言いました(サム上12:22)。
 しかし、その約300年後、イザヤは「わたしはこれを見捨てる」という神の言葉を預言しました。御自分の民が「孤児の権利は守られず、やもめの訴えは取り上げらない」街になってしまったからです(イザ1:23)。
 ある人は、「このぶどう畑はエルサレム神殿のことだ」と言います。主イエスはまさにその神殿でぶどう畑のたとえを話されました(マル12:1以下)。そしてぶどう畑に実った流血と叫喚を一身に引き受けてくださいました。神は私達のために何か、しなかったことがあるでしょうか。レントの時、それが問われています。

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