マルコによる福音書15:21~32

「メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」(15:32)

 「今すぐ十字架から降りろ」という言葉は、主イエスにとって侮辱というよりは誘惑ではなかったでしょうか。主は十字架から降りるという選択ではなく、差し出されたブドウ酒(麻酔)さえも拒絶し、罪人の全ての痛みを背負う決意を示されました。
 人々は十字架に向かって「見たら信じてやろう」と言いました。しかし、彼らは目の前に主イエスの十字架を見ても、それを神の子の十字架であるとは信じることができていません。
 「見たら信じることができる」のではありません。「信じるからこそはじめて見えてくる」のです。
 十字架に上げられた主イエスの救いの決意と痛みを思い、それを神の子の十字架であると信じてこそ、私達の目に今までと異なる風景が見えてきます。信仰によってはじめて、自分の思いを超えた一歩を踏み出していけるのです。

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