イザヤ書3:1~15

「しかし、言え、主に従う人は幸い、と。」(3:10)

 イザヤの時代のイスラエルの失敗は、「舌と行いをもって主に敵対」したことでした(8節)。滑稽なことに、偶像を受け入れての繁栄に目を奪われ神を見失っていたにも関わらず、イスラエルは「アブラハムの子孫である我々には神の守りがある」と信じつづけていました。
 イザヤは裁きを預言します。たくさんの裁きの言葉の中に、10節で一言「主に従う人は幸い」と預言されています。神は、繁栄と偶像を楽しむ人々の間にあっても埋もれず、ご自分の御名を呼ぶ少数の人々を確かにご覧になっているのです。
 この「幸い」は、人間的な繁栄による幸いではありません。神が共にいてくださる、というインマヌエルの幸いです。裁きの時にあっても私達には常に「主に従う幸い」が示されています。

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