マルコによる福音書15:16~20

「兵士たちは・・・唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。」(15:19)
 
 この福音書の中で主を「拝んだ」のは、兵士たちと、悪霊の集団レギオンだけです(5:6)。レギオンは「いと高き神の子イエス」と拝みました。
 兵士たちとレギオンの礼拝を比べてみるとどうでしょうか。皮肉にも、この世で最もキリストを恐れて正しく「拝んだ」のは悪霊であり、最もキリストを畏れず「拝んだ」のは人間なのです。
 その愚かな人間に対して主は最後まで無抵抗でした。このお姿に、キリスト教会は神の謙遜を見ます(フィリ2:6~11)。
キリストの十字架は、世の知恵では理解できません(Ⅰコリ1:18~19)。しかし、2000体もの悪霊を言葉一つで滅ぼすことがおできになる神の子が、従順に「私のために」死んでくださった、ということは、信仰者の誇りとなるのです。

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