マルコによる福音書14:52~65

「『何も答えないのか。この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか』。しかし、イエスは黙りつづけ何もお答えにならなかった。」(14:60~61)
 
 主イエスが十字架に上げられた罪状は何だったのでしょうか。実ははっきりしないのです。エルサレムの人達は「神殿を壊そうと企んだ」と言い、最高法院の人達は「神の子と自称した」と言い、ローマ人たちは「ユダヤ人の王と自称した」と言いました。
 人々は漠然とした恐怖をナザレのイエスに抱いて、十字架へと上げていったのです。どこにも正義を見出すことはできません。
しかし、この無秩序の中でこそ、静かに立っておられる主イエス・キリストのお姿が鮮明に浮かび上がります。
 主イエスは苦難の僕としてそこに立たれました。「彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる子羊のように」(イザ53:7)。
 裁判の中での主イエスの沈黙について、ペトロは、主は正しい裁きをなさる方に任せる模範を示されたのだ、と書いています(Ⅰペト2:20~25)。本当の正義は天にあります。神の審きに信頼するのが信仰です。

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