マルコによる福音書14:43~52

「人々は、イエスに手をかけて捕えた。」(14:46)

 直訳すれば、「彼らは彼らの手を彼の上に置いた。そして逮捕した」となります。聖書は、くどいくらいの表現を用いて「手」という言葉を強調しています。「人間の手から生み出される業は何か」ということを問いかけているのです。
 人間の手はこれまで、洗礼者ヨハネを捕え、首をはねました。ここで神の子を逮捕し、これから十字架にかけていくことになります。聖書が我々に見せようとしている「人間の手の業」は、神の救いへの反抗・神の招きの拒絶です。
 それに対してキリストの手はどうだったでしょうか。癒しを、祝福を、死に打ち勝つ復活を生み出してきました。
 キリストは「御心に適うこと」が行われることを祈り願い、御自分の手を神に用いていただくために差し出して来られました。
 聖書が示す「人間の手の業」を捨て、「キリストの手の業」にすがることによって、我々は神の御業に大きく参与していけるのです。

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