マルコによる福音書14:32~42

「立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」(14:42)

 もともと「福音」は、「勝利の喜び」という意味の言葉です。しかし、福音書のゲツセマネの場面には、むしろ主イエスの敗北が描かれているように思えます。
 以前主イエスは「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(2:17)とおっしゃいました。ゲツセマネの祈りは、神の子である主による、世の全ての罪人(=ワタシ)のためのものです。
 主は「裏切るものが来た(直訳:近づいた)」とおっしゃいました。我々はユダの足音に、神の国の近づきを見ることが出来ます。
 そして何より、主は眠りこける弟子達のもとに何度も戻って来てくださいました。ゲツセマネにおいてだけでなく、復活の後にも。
 主による執り成しの祈り、それによる神の国の到来、尽きぬ招き。私達はゲツセマネの場面に勝利を見出すことができるのです。

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