マルコによる福音書14:32~42

「わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。」(14:37)

 「わずか一時も目を覚ます『強さ』はなかったのか」という言葉です。主イエスはいつもお一人で祈って来られました(1:35、6:46)。しかし、ゲツセマネの祈りには「たとえ死なねばならなくなっても」と言ったペトロ、「あなたの苦しみの杯を飲むことが出来ます」(10:39)と言ったヤコブとヨハネを伴われました。彼らの宣言した「強さ」がここで試されるのです。
 主イエスがおっしゃるのは「誘惑に対する強さ」です。弟子達にその強さはありませんでした。眠ってしまいました。「ひどく眠かったのである」(40節)とあります。直訳すれば「彼らの目は重くされた」と、受け身形の言葉になります。
 信仰の目を閉じさせる力には誰も勝てません。唯一勝てるのは、主イエス・キリストだけです。主が何度も戻って来て弟子達の目を覚まされる姿に、キリストと我々自身の交わりのあり方を見ることができるのではないでしょうか。

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