マルコによる福音書14:12~21

「弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。」(14:16)

 いわゆる「最後の晩餐」は、過越の食事でした。イスラエルの人々が、自分たちがどのようにエジプトでの奴隷のくびきから解放され、神の民とされたのかを思い出すための厳かな食事です。
 弟子達は、「『あなたが』過越の食事をなさるのに、どこに用意しましょうか」と尋ねました。主は、「『私の』部屋はどこか」と家の主人に尋ねるようお命じになりました。聖餐式の原型となったこの食卓は、「イエス・キリストの」食卓なのです。
 とても重苦しい雰囲気の食卓でした。裏切りが予告されたのです。私達は、この重苦しさをも聖餐式の中で記念します。「私は大丈夫です」と言い切れず、「まさかわたしのことでは」と代わる代わる言った弟子達と同じ弱さを我々ももっています。それをも御存知で、キリストは御自分の食卓に招いてくださいます。新たな解放は罪の赦しによって起こったのです。

 

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