コリントの信徒への手紙Ⅰ 12:12~27

「神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。」(12:24)
 
 分裂するコリントの教会の群れに対してパウロは、「神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです」(1:9)と書いています。教会の交わりは、人間が造り出した、人間同士の交わりではありません。神から与えられた、キリストとの交わりです。それを見失った時に、コリント教会のようなことになります。
  「教会はキリストの体であり、あなた方一人ひとりはその部分である」、ということを、パウロは洗礼と礼拝による一致を勧める文脈で言っています(Ⅰコリ12:27、ロマ12:5)。つまり、教会は洗礼共同体であり、礼拝共同体なのです。したがって、パウロの言う「一部分」とは、洗礼を受け、礼拝の中に身を置く者としての一部分ということです。
 キリストの体に相応しくない、「見劣りのする部分」が洗礼によって礼拝に導かれ、礼拝からまた新たに洗礼者が起こされていきます。私達はその祝福のもとに一致するのです。
 

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