イザヤ書2:1~5

「終わりの日に・・・多くの民が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう・・・。』」(2:2~3)

 
 主の山に登り、そこで主の教えを聞き、主の道を歩もうとする巡礼者たちの希望に満ちた様子が語られています。これは「終わりの日」(=神の約束が実現する時)の希望です。
 イザヤはなぜ「終わりの日」の希望を語ったのでしょうか。紀元前8世紀のイスラエルには社会的な腐敗がありました。彼は、「終わりの日」の希望(=イスラエルの理想形)を示すことによって、「あるべき姿はこのようなものだが、さて、今のあなたたちの現実はどうなのか」と問うているのです。聖書は礼拝ごとに、神の約束を思い出させて、私達の今を鋭く問います。
 「主の山に備えあり」(創世記22:14)。我々のために主が山に備えてくださったのは、キリストの十字架です。私達は礼拝ごとにキリストの十字架が示され、自分が進むべき方向と、与えられた救いの確かさを思い出すのです。
 

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