マルコによる福音書12:41~44

「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。」(12:43)

 主はこのやもめをご覧になって賞賛されたのでしょうか。「献金の額が小さくても、誠実に自分の生活を神にささげる、ということが大事なのだ」と弟子達にお話しになったのでしょうか。
 おそらくそうではないでしょう。「たかだかレプトン銅貨二枚の献金がやもめの生活を破たんさせている。祈りの家であるべき主の神殿が強盗の巣となっているからだ」と嘆かれているのです。
 このやもめが後にどうなったのかはわかりません。列王記17:8~24に登場するやもめは、神の言葉を預かるエリヤに献身することによって親子共々命を得ました。預言者への献身によって「主の言葉は真実です」という告白へと導かれたのです。
 神殿における神への献身によって、同じ導きがこのやもめにも与えられたのではないでしょうか。
 

コメントは受け付けていません。

カテゴリーとタグ
2018年6月
« 5月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報