マルコによる福音書9:30~32

「弟子たちはこの言葉が分かっていなかったが、怖くて尋ねられなかった」(9:32)
 
 使徒信条の中で私たちは「父・子・聖霊なる神を信ず」と告白します。その中でも、子なる神への告白は、御子の受難と復活に焦点が当てられています。御子の生は、その死に集約されているのです。
 弟子達は御子の死から目を背けようとしました。キリストの受難予告の言葉が、自分たちを失望させるのでは、と思い、深く尋ねなかったのです。彼らが聞きたかったのは(私たちも!)、優しく、自分に都合のよい耳あたりのよい言葉でした。
 キリストの言葉から目を背けていた弟子達を変えることになるのは、キリストの十字架と復活でした。キリストを「引き渡した」のは、ユダだけではなく、自分も「そこにいて、主を引き渡した」ということを知った時に、人は真正面からこの方の言葉に向き合い始めるのです。
 

コメントは受け付けていません。

カテゴリーとタグ
2019年11月
« 10月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報