イザヤ書40:1~11
 

「慰めよ、わたしの民を慰めよとあなたたちの神は言われる。」(40:1)

 「わたしの民」とは契約によって神の民となったイスラエルのことです。この時代、イスラエルの人々はバビロンという外国の都に連行され、捕らわれの身となっていました。
 そのイスラエルを慰められるのは、神ただお一人でした。神の慰めは、うわべだけの気休めで終わる安価なものではありません。だからこそ、イスラエル(=教会)には神の慰めを受ける者としてのふさわしさが求められています。それは、「悔い改め」です。
 神は聖書の御言葉を通して、私たちを悔い改めの中へと導き、その中から立ち返る場所を示してくださるのです。その場所とは、イエス・キリストです。私たちに立ち返る場所(=生の中心)が示された、ということが、クリスマスに私たちがいただいた一番の慰めではないでしょうか。

 

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