マルコによる福音書8:34~9:1

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(8:34)

 とても厳しい言葉に聞えます。キリストの後に従うために捨てるべき「自分」とは?背負うべき「自分の十字架」とは?
 「自分」とは、「神になろうとする自分」です。「自分の十字架」とは、私たちが生まれる前から背負わされている十字架です。つまり、「罪人であるワタシ」をそのままキリストに委ねて従うことが求められているのです。
 「疲れた者、重荷を背負うものは、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)。「罪人としてのワタシ」こそが、私たちが今負うている重荷です。「自分」という重さに苦しむ私たちを、キリストは「休ませてあげよう」と招かれます。
 この方に背負っていただきながら天の国へと向かうのです。
 

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