マルコによる福音書8:11~13
 

「ファリサイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを求め、議論をしかけた。」(8:11)

 「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探します」(Ⅰコリ1:22)とパウロは言いました。
 ユダヤ人の宗教指導者たちはここで「天からのしるし」を求めました。キリストを信じるためではありません。突き放すためです。
 キリストの救いに飢え渇いている人は、「しるしを見せろ」などと言うよりも、まずキリストご自身を求めるのです。私たちがキリストの名を叫ばざるを得ないような低みにまでいらして憐れんでくださるキリストご自身こそが、「天からのしるし」なのです。
 ファリサイ派の人々は、実はもう既に「天からのしるし」を目の前に見ていました。イエス・キリストご本人です。彼らは、キリストというしるしを見ていながら、実は自分たちのことしか見てなかったのです。

 

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