マタイによる福音書5:43~48

「『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである」(5:43~44a)

 「隣人なら簡単に愛せるが、敵となると…」。いえ、隣人を愛することすら私たちには簡単ではないのです。突き詰めて考えてみると、結局自分は、自分に都合のいい人だけを都合のいい時にだけ愛していることに気づかされます。自分を愛し、自分のために人を愛する「ワタシ」に。
 キリストは私たちに、「愛さねばならない理由」を教えてくださいました。
「天の父の子となるため」
人をどのように愛したら神は喜ばれるのだろうか?その問いから始まるのです。
キリストは、隣人のためにも、敵のためにも十字架を背負われました。自己中心の「ワタシ」は、そのお姿から「愛し方」を学ぶのです。

 

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