マルコによる福音書 14:12~21
「私と一緒に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている。」(14:18) 

 過越しの食事を始める前に、主は弟子達の中から裏切り者が出ることをおっしゃいました。弟子達は驚きます。しかし、主はそれが誰なのか、ということはおっしゃいませんでした。ユダの名前を出すと、他の弟子達がユダを取り押さえてしまうでしょう。そうなると、十字架への受難の道も閉ざされます。主は、その道を行かなければなりませんでした。
 ユダは、「お前はここに座る資格はない」とは言われていません。主の晩餐へと招かれています。主イエスを売り渡す約束をした直後のユダこそ、この食卓に最も相応しくない人だったのではないでしょうか。しかし、主がご覧になれば、最も神の赦しを必要とする憐れな罪人だったのです。
 私達は、主を裏切ったユダ、主を見捨てた弟子達を、遠くから眺めることはできません。聖書は「あなたは、ユダではないのか」と問いかけてきます。聖餐の食卓に、傍観者として座ることはできません。
 私達は霊の飢え渇きを覚える、神の憐れみ無しには生きられない罪人だからこそ、教会へと招かれました。主の御受難を思い、罪許された静けさの中を歩んでいきましょう。

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