マルコによる福音書 14:1~9
「世界中のどこでも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(14:9) 

 祭司長たち槍学者たちが主イエスを殺そうと考えていた時、そしてユダが主を裏切ろうとする直前に、ある女性がナルドの香油を主の頭に注ぎかけました。この女性の行為が、主が過越しの子羊として屠られる葬りとなりました。
 「何事にも時があり、天の下の出来事には全て定められた時がある」(コヘ3:1)。この女性は、時をつかみ取りました。「失う時、放つ時」です。「求める時、保つ時」を過ごしていた周りの人達からは「無駄遣いだ」と言われます。しかし、主は、この女性が献身の時をつかみ取ったことで、福音の一部となったことをおっしゃいました。
 私達にもキリストと共に思い出す人がいるのではないでしょうか。そして思い出すのは、その人がキリストのために「捨てる」、献身の姿ではないでしょうか。キリストに出会い、捨てるものを知れたことは、信仰の喜びです。私達はそのようにして重荷を下ろすことが許されるのです。

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