ペトロの手紙1 1:13~25
「召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活の全ての面で聖なる者となりなさい。」(1:15) 

 ペトロは、教会の「今」は、帰って来られるキリストを待つ備えの時であることを伝えています。そのために、「心を引き締めて」待ちなさいと言います。それは、出エジプトの出発の夜のイスラエルの恰好でした。約束の地を目指すイスラエルの第一歩は、「腰に帯を締めて」子羊を食したのです。
 更に、イスラエルが「聖なる民」として荒野を歩むことを求められたように、教会も聖なる者として世を生きることが求められている、と言います。「聖である」とは「区別された」という意味です。イスラエルがエジプトの奴隷生活から決別したように、私達はキリストを知らなかった自分と決別して生きるのです。
 神の支配は、神の必要に応じて隠されています。畑に隠された宝のように、蒔かれた種のように、全てが目に見えるわけではありません。しかし、「従順な子」(14節)のように自分を丸ごと神に信頼する私達の歩みが、キリストの再臨という「約束の地」がある方向を証しすることになるのです。

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