マタイによる福音書 28:11~15
「婦人たちが行き着かない内に、数人の番兵は都に帰り、この出来事を全て祭司長たちに報告した」(28:11) 

 「弟子達がイエスの死体を盗まないように」と対策していた祭司長たちは、皮肉にも番兵たちからの報告を聞いて「弟子達が盗んだと言い広めよう」と対応しました。「多額の金」が番兵たちに与えられ、本当のことを言わず、こう言いなさい、と命令します。
 「多額の金」は、神の救いの創造の御業を堰き止めることができたのでしょうか。番兵たちは、大地を揺らしながら主の天使が降って来たのを見て「死人のように」なりました。気を失ったのでしょう。それほどのことを番兵たちは本当に一生、自分の内に秘めておくことができたのでしょうか。福音書にこのやりとりが記録されている、ということが、黙っていられなかったことの証拠ではないでしょうか。
 ユダヤの番兵たちが手にした多額の金は地上ですぐになくなったでしょう。しかし、イエス・キリストが私のために死に、私のために蘇られたという事実は、信仰者にとって天にまで続く、朽ちない財産です。
 託されたタラントンを埋めておくことを、主はお望みではありません。教会は天の富を用いることで立ち続けていきます。

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