マタイによる福音書 27:1~10
「夜が明けると、祭司長たちと民の長老たち一同は、イエスを殺そうと相談した。そしてイエスを縛って引いて行き、総督ピラトに渡した。」(27:1) 

 「天が地を高く超えているように、私の道はあなたたちの道を、私の思いはあなたたちの思いを高く超えている」(イザ55:8)とあるように、主の十字架は人々の思いを越えて実現して行きました。
 ユダも、祭司長たちも、ピラトも、ここに出て来る人間たちのそれぞれの計画は実現していません。ただ愚かな罪人たちの思いを越えて神の救いのご計画のみが実現していきます。これこそ、聖書が私達に突きつけていることではないでしょうか。
 創世記のヨセフ物語では、ヨセフが銀20枚で兄たちに奴隷に売られてしまいます。しかしヨセフは最後にはエジプトの宰相になりイスラエルの家を救うことになります。兄たちと再会を果たしたヨセフは「命を救うために、神が私をあなたたちより先にお遣わしになったのです」(創45:5)と言いました。神のご計画ははかり知ることが出来ません。
 主を十字架に上げた私達に「私は、あなたを許すために殺されたのだ」という声が聞かされること。これ以上の不思議はありません。

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