マタイによる福音書 26:47~56
「このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書いたことが実現するためである。」(26:56) 

 ゲツセマネの園で対峙する逮捕の一団と弟子達、そしてユダに主イエスがおっしゃったのは、聖書の言葉に心を向けなさい、ということでした。神が羊飼いを討ち、羊たちが散らされ(ゼカ13章)、それぞれの方角に向かって散っていった羊たちのために苦難の僕が傷を負う(イザ53章)、という預言者たちの言葉が実現するのです。
 主を引き渡す合図としてユダは「先生、こんばんは」と挨拶します。ユダは最後まで主イエスを「主」と呼ぶことはありませんでした。これに対して主イエスは「友よ」と返されました。偽りの愛をもって近づくユダに、主は最後まで真実の愛を貫かれました。
 大祭司の手下に打ちかかって耳を切り落とした者に、主は「剣を取る者は皆、剣で滅びる」とおっしゃいました。これは創世記の初めから人に示されて来た神の契約の言葉です(創9:5以下)。
 神の国は剣によってつくられるものではありません。神の似姿として神がお求めになる平和を築き上げていくところに実現します。

コメントは受け付けていません。

カテゴリーとタグ
2019年11月
« 10月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  
ログイン
アクセス情報