マタイによる福音書 26:26~30
「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である。」(26:28) 

 キリストは、私達の過越しの子羊として屠られました(1コリ5:7)。教会は聖餐卓を囲み、イエス・キリストを通して起こされた新しい過越し・新しい出エジプトを記憶し、祝います。
 主はご自身が流される血のことを「契約の血」とおっしゃいます。エルサレムで弟子達と囲まれた過越しの食卓が、主イエスにとって地上での最後の食事となりました。
しかし、これが行き止まりではありません。主は「神の国で弟子達と共に新たにぶどう酒を飲むその日」を見据えていらっしゃいます。主は「あなたがたと共に」とおっしゃいます。これからご自分を見捨てることになる弟子達と共に、ということです。主は「いつでもここにいてあなたが立ち返るのを待っている」とおっしゃるのです。
 キリストはご自身の血をもって、天の故郷への道を切り開いてくださいました(ヘブ10:20)。イスラエルがエジプトの奴隷から神の宝の民とされたように、罪の奴隷であった私達はキリストの宝とされています。新しい神の民イスラエル・教会が創造されたのです。

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