マタイによる福音書 24:3~14

「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」(24:12~13) 

 主はこれから弟子達を待つ信仰の苦難を預言されます。「艱難」、「迫害」「思い煩い」「富の誘惑」、全て今に至るまで信仰者を取り巻くものです(13章)。キリストを見捨てた弟子達、教会を迫害したパウロは、なぜ主のもとに戻って来たのでしょうか。
 「不法」とは、神の律法がない状態です。「神への愛・隣人への愛」こそ律法である、と主はおっしゃいました(22:40)。弟子達、使徒たちは、主から離れた「不法」の中で、殺伐とした愛のない世界を見たのです。
 「皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています」(フィリ2:41)。これこそ私達が生きているこの世という荒野です。使徒たちは愛のない苦しみよりも、愛のために苦しむ幸いを選びました。
最後まで耐え忍ぶことを主はお求めになっています。「雀一羽さえ、あなたがたの父のお許しが無ければ、地に落ちることはない」(10:29)。狼の群れの中で信仰によって神に生かされる羊の姿は、そのまま証しの器となります。信仰の忍耐は、キリストの体という真の神殿を築き上げるのです。

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