マタイによる福音書 24:3~8

「これらはすべて産みの苦しみである。」(24:8) 

 神殿の崩壊はいつのことか、世の終わりを自分たちが知ることはできるのか、という弟子達の質問に対する主イエスお答えは、「人に惑わされないように気をつけなさい」という一言でした。
 自称メシアの出現、戦争の噂、飢饉や地震といった、「世の終わりを思わせる」ようなことが、弟子達が生きた1世紀には続きました(使徒言行録5:36以下、21:37)。
 イスラエルは歴史の中で滅びを体験する度に、最後まで残る希望は神への信仰であることを見せられて来ました。エルサレム崩壊の中、預言者エレミヤは主の言葉を伝えます。「この私が、群れの残った羊を、追いやったあらゆる国々から集め、もとの牧場に帰らせる」(エレ23:3)。
 時代の混乱の中で、信仰者は信仰を揺さぶられます。しかしパウロは、教会は復活の時へと向かう「産みの苦しみ」の時を生きている、と言います(ロマ8:22~25)。聖霊は、私達の呻きを祈りとして執成し、万事が益となるよう働いてくださっていると言うのです。
 「使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜」んだ(使徒言行録5:41)。揺れる時代の中にあっても、弟子達は惑わされず、キリストを見つめ、信仰を残したのです。

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