マタイによる福音書 21:23~27

「祭司長や民の長老たちが近寄って来て言った。『なんの権威でこのような事をしているのか』」。(21:23) 

 「預言者」とか「ダビデの子」とか呼ばれているナザレのイエスに、エルサレムの指導者たちは、その権威の源を尋ねました。
 主イエスは逆に、「ヨハネの洗礼は天からのものだったか、人からのものだったか」と問われます。ご自分の権威は洗礼者ヨハネに与えられていたのと同じものであり、その権威に対して彼らがどう向き合うのか、という問いかけです。
 群衆の反応を恐れた指導者たちは「わからない」と答えました。人の目を恐れた彼らの主イエスへのあいまいな態度・不信仰が、主を十字架へと上げていくことになります。
 「私は天と地の一切の権能を授かっている」と復活の主は弟子達におっしゃいました(28:18)。教会を迫害したパウロも、主を見捨てて逃げたペトロも、この方に天からの権威を見、主の復活を証しすることに命を捧げるようになりました。
 「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません」(使徒言行録5:29)。私達は自分が従う「権威」を問われつつ、同時に、それを世に問いかける役割を担っています。

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