マタイによる福音書 18:10~14

「小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」(18:14) 

「主よ・・・私が子羊のように失われ、迷う時、どうかあなたの僕を探してください」(詩編119:176)。聖書が記している歴史はこれです。群れからはぐれてしまい、助けを求める羊(罪人)の声を、羊飼いである神が探し求め続けてこられた歴史です。「イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。私は誰の死をも喜ばない。お前たちは立ち返って、生きよ、と主なる神は言われる」(エゼ18:31~32)

神は、御子イエス・キリストの血を流して契約を結び、神の民を再びご自分の牧場へと招かれました。キリストが恐れていらっしゃるのは、取り戻した羊を再び失うことです。それが天の父にとってどれだけ大きな悲しみなのかを弟子達にお教えになっています。

私達を惑わす(迷わせる)声は今でもこの世に満ちています(マタ24:3~24)。神の牧場から迷い出る者が無いよう、まず神の愛に心を向けることが求められています。「私の目にあなたは値高く、尊く、私はあなたを愛し・・・恐れるな、私はあなたと共にいる」(イザ43:4~5)。

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