イザヤ書19:1~15
「主の御前に、エジプトの偶像はよろめき、エジプト人の勇気は、全く失われる。」(19:1) 

 エジプトへの託宣です。主なる神はエジプトの生命線であるナイルを干上がらせ、本当の生命線がご自分にあることをお示しになります。神の裁きの御手は、アッシリアやエジプトが「我が民、我が手の業」となるところへと導いて行かれるのです(19:25)。
 アッシリアの脅威の中でこれを預言したイザヤは、恐らく人々に馬鹿にされたでしょう。内容が非現実的なのです。イエス・キリストも、十字架へと向かっているにも関わらず「身を起こして頭を上げなさい。あなた方の解放の時が近いからだ」などとおっしゃいました(ルカ21:28)。
 「私達の聞いたことを、誰が信じ得ようか」(イザ53:1)。神は、人間の思いをはるかに超えた救いをくださいます(イザ55:9)。
 「主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る」(箴言1:7)。神は「主を畏れる」ところへと御手を持って導いてくださいます。裁きも、試練も、我々にははかり知ることのできない恵みが隠されています。

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