マタイによる福音書 16:13~20

「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」(16:15) 

ガリラヤ宣教される主イエスのことを伝え聞いた人たちは、「ナザレのイエスは預言者だ」という理解をしたようです。そのような人々の中で、あえて主は「それではあなたがたは」と弟子達に問われています。弟子達はこの質問に覚悟をもって答えることが求められているのです。
聖書は「シモン・ペトロが」答えた、と書いています。シモンが弟子達を代表し、全存在をかけ覚悟をもって答えた、という表現でしょう。「あなたはメシア、生ける神の子です」。
 主は「この岩の上に私の教会を建てる」とおっしゃいました。シモンが「シモン・ペトロ」として覚悟を持って告白した信仰の上に、キリストはキリストの教会を建てられるのです。
 私達にとって一番恐ろしいのは、キリストから「これは私の教会ではない」と言われることではないでしょうか。神は偽預言者たちへの裁きの言葉を残していらっしゃいます。「私はお前たちに立ち向かう」(エゼ13:8)。教会がキリストの教会でなくなった時、キリストご自身が群れの前に立ちはだかり、「漆喰を塗った壁を破壊し、基礎をむき出しに」なさいます(エゼ13:14)。
 私達は日々、主から「私を何者だというのか」と問われているのです。

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