創世記24:1~8
「僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た。」(24:15) 

 アブラハムの一生は不思議なことを連続でした。突然神から「故郷を離れて私が示す土地に行きなさい」と言われたり、年老いてから子供が産まれることを告げられたりしました。神がアブラハムをお選びになった理由は、アブラハムから神の道を歩く人々が生まれるためであった、と記されています(創世記18:17~19)。
 年を重ね老いたアブラハムは、主なる神への信仰を継承していくために、一人息子イサクの結婚相手を探さなければなりませんでした。アブラハムは「年寄りの僕」に、主なる神を信じ、カナンに来てくれる女性をイサクの結婚相手として探すよう命じました。
アブラハムの故郷に来た僕はまずそこで祈りました。その祈りが終わらない内に、リベカが現れたのです。僕の祈りと礼拝を通して、イサクとリベカは結婚へと導かれ、後のイスラエルがうまれることになります。
 神が用意してくださった道を歩く神の民イスラエル・キリスト教会は、神の約束を信じた人たちの深い祈りと礼拝によって生まれて来ました。今も私達は神の大きな導き・摂理によって恵みの中を生かされているのです。

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